第1回 とにかくコンピュータをつかってみよう

パデュー大学 外国語外国文学科準教授 外国語教育メディアセンター長

畑佐一味


コンピュータリテラシーとは?

今月号から、日本語教育者のためのコンピュータリテラシーをテーマに連載を始めます。コンピュータリテラシーという言葉にあまり馴染みのない方も多いかもしれませんが、「コンピュータの基本的運用能力」という意味です。ですから、パソコンに電源を入れることから始まり、ファイルをコピーをしたり、コンピュータディスクの取り扱い、各種ソフトの使用方法などがコンピュータリテラシーの出発点と言えます。 さて、本稿は「日本語教育に従事する者のためのコンピュータリテラシー」がテーマですので、上にあげたような、コンピュータの基本操作など、一般的なコンピュータリテラシーの範疇に入る部分はパソコン入門書やワープロ入門書にまかせることにして、必要最小限にとどめます。従って、主眼は日本語教育に従事する教師がいかにコンピュータ及びその周辺機器を活用すべきかを紹介し、実践することにあります。

パソコンが出現して約15年がたちました。80年代は「パソコンの普及」の十年間だったと言えます。日本ではワープロ専用機の急速な普及で、それまで「手書き言語」だった日本語が「キーボード言語」に変化していくきっかけを作りました。日本語は印欧語の場合と違って、タイプライターという途中の段階を飛び越える結果になったので、これからもワープロが日本語、そして国語教育、日本語教育、漢字教育などに及ぼす影響は大きいと言えます。ワープロ使用の是非や導入時期などについて、これからも議論が続けられるでしょうし、様々な研究もなされていくことでしょう。 90年代に入ってもパソコンの発展は衰えることなく、文字、音声、静止画、さらに動画といった複数のメディアをコンピュータを中心にして一つの環境の中で統合するという意味の「マルチメディア」という言葉がよく聞かれるようになりました。これは教育利用一般はもちろん、語学教育にとってはたいへん魅力的なことであることは言うまでもありません。さらに、94年に入ると「インターネット」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。それにともない「電子メール」「ワールド・ワイド・ウェッブ(WWW)」等の言葉が使われ始めました。

日本語教育におけるコンピュータ利用

このように社会全体が留まるところを知らないコンピュータテクノロジーの発展の波の中にいるわけですが、日本語教育の現場に目を向けてみると、「ワープロは使っていますが、それ以外は....」という方がまだまだ多いようです。もちろん、発展のあまりのスピードに、コンピュータはほかの人に任せようと諦めてしまっている方もいることでしょう。また、「コンピュータ利用=語学教育ソフト(CAI, CALL)」といった方程式が頭の中で出来上がってしまっている方も 多いのではないでしょうか。 コンピュータ利用はもっと広くとらえられなければならないというのが筆者の考えです。教育ソフトはコンピュータ利用の一部に過ぎません。しばしば見落とされているのは、教師が行なう教室授業の準備や成績管理といった日常の活動をより効率的にするためのコンピュータ利用です。今日のパソコンはソフトによってあまりにも様々なことができるようになっているので、コンピュータという機械自体によって規定されている機能という考え方があてはまらなくなっています。つまり、箱から出したときのコンピュータは「私はあなたの言うとおり何でもしますよ」という状態にあるようなものなのです。そこで「誰がコンピュータを使うのか」というユーザーの視点からコンピュータの機能を見ていくと、整理ができます。この考え方を日本語教育にあてはめてみると、次のような三つの視点が可能になります。

  1. 日本語教育関連分野の研究者の研究活動を支援するツールとしてのコンピュータ
  2. 日本語教師の教授活動を支援するツールとしてのコンピュータ
  3. 日本語学習者の学習活動を支援するツールとしてのコンピュータ

この三つの中で、同じソフトウェアを使うかも知れませんが、その目的はおのずと違ってきます。しかし、目的が違っているのだということをはっきり把握しておくことがユーザーの視点を外さないためには大切です。これら三つの視点については、畑佐(1991)、深田(1995)、深田・高木(1995)に詳しく述べられていますので、参照してください。 本連載は、先にも述べたましたように、この三つのうちの二つ目の視点を中心にして進めていきます。そうすることで、「ワープロ(として)は使っていますが...」とおっしゃっている方々にもっと多角的なコンピュータの利用方法を知ってもらい、授業をより効果的に、授業運営をより効率的に行なえるようになっていただきたいと考えています。言い換えれば、「コンピュータに使われている」状態にいる方々を「コンピュータを使う」さらに「コンピュータを活用する」レベルまで引き上げるきっかけになれば、本連載は成功したと言えるでしょう。

コンピュータは使って覚えるものですから、職場や学校ですでにコンピュータが導入されいる方は、これから毎月紹介される内容を積極的に試してみることが重要です。今回はアップル社のマッキントッシュコンピュータを使って実例を紹介していきますが、ソフトウェアの名前が違うだけで、DOS, Windows, Windows 95などを使ったコンピュータでも同様のことができますので、コンピュータの機種に関してはあまり心配する必要はありません。それから、読者の方々からの反響も適時もりこみたいと思っていますので、ご意見、ご質問などどうぞお寄せください。

何ができるのか、何を使うのか

それでは、次回から紹介していく項目の主なものをあげておきます。

  1. 成績データの計算と管理 (表計算ソフト, Excel)
  2. 各種文書(プリント、テストなど)の処理 (ワープロソフト, EgWord, Word)
  3. 絵の作成と利用 (グラフィックスエディタ, SuperPaint)
  4. 印刷物(絵、文字)を読み込む (グラフィックススキャン、文字読み取りソフト, MacReader, OmniPage)
  5. インターネットの利用1:ワールド・ワイド・ウェッブ (NetScape)
  6. インターネットの利用2:電子メールとメーリングリスト (Eudora)
  7. インターネットの利用3:FTP (Fetch)、日本語OCR (MacReader)
  8. レーザーディスクとバーコードの利用

最後に、本稿で扱っていく内容を実践するのに必要な機器を簡単に紹介します。特定の利用方法に必要な周辺機器やソフトウェアはその都度詳しく紹介する予定ですので、ここでは機器の購入計画をもっている方やすでに予備知識をもっている方のために、簡単な紹介をしておきます。説明の中に使われているコンピュータ用語がわからなくても、今は心配しないでください。ただし、すべてコンピュータリテラシーの範囲に入る用語ですから、知っているべき言葉であることには間違いありません。これらの用語は連載の中で必要に応じて説明しながら整理していく予定です。

コンピュータ本体 アップル社 マッキントッシュ。 現在販売されている機種はほぼどの機種でも十分なスピードを持っています。金額に余裕があればパワーマックというシリーズがいいでしょう。メモリー(RAM)は最低16メガバイト、ハードディスクは大きければ大きいほどいいですが、500メガバイトぐらいは欲しいところでしょう。CD-ROMドライブは必需品です。

キーボード 日本では小さいキーボードがマッキントッシュに付属して売られている傾向があるようですが、いわゆる拡張キーボードといわれる、PC型のキーボードのほうが便利です。(矢印キーの使いがってだけをみても拡張キーボードのほうに分があります。)尚、アップル純正のキーボードである必要はありません。

モニタ 15インチと17インチのカラーモニタが主流です。コンピュータの画面はピクセル (pixel)と呼ばれる点の集まりで構成されています。ですから、この点が画面上にいくつあるかでどれだけの情報が提示できるかが決まります。当然、多いほどいいことになります。そして、点の数が同じなら、画面自体、つまりブラウン管の大きさに関係なく同じ量の情報が提示できることになります。もちろん、画像自体の大きさは違います。画面上の点の数を解像度とよびます。現在は、640X480(点が横に640個、縦に480個)という規格が最低線で、800X600という規格がよりよく使われるようになってきています。これは複数のプログラムを同時に使い、データのやり取りをすることが増えてきて、画面上により広いスペースが必要になってきたからだと考えられます。

プリンタ 職場ではレーザープリンタが一般的です。これは機種がたくさんありますが、"600 dpi"といわれるプリンタを選べば、複雑な漢字もたいへんきれいに印刷できます。dpi (dots per inch)というのは印刷機が1インチに点を600使って絵や文字を印刷するという意味です。個人用ならインクジェット式と呼ばれるプリンタでも十分かもしれません。細かい字もきれいに印刷できます。実際の印刷結果と印刷速度を比較して決めます。今のところプリンタは白黒のものが主流ですが、カラープリンタも市場にどんどん出てきています。ただ、日本語の授業で使うテストやプリントをカラーで印刷したりカラーコピーしたりするという必要性は現在のところあまりないと思われます。

モデム モデムは電話回線を通してパソコンと大型コンピュータ(ホストコンピュータという)を繋ぐために必要な機器です。ホストコンピュータにつながると、そこから電子メールやワールド・ワイド・ウェッブのようなインターネット上にあるサービスが受けられます。一般の人がインターネットに乗るには一番手っ取り早い方法です。その場合は、ホストコンピュータを持っているインターネット・プロバイダーといわれる会社と契約をする必要があります。モデムにはいろいろなスピードがありますが、28.8K bpsというのが無難でしょう。今は、K bps (kilo bits per second)はモデムのスピードを表す単位だと覚えておいてください。

スキャナ スキャナは印刷された文字や絵をコンピュータ上で扱えるようにする読み取るための機器です。ファックス機のようにカット紙を一枚ずつフィードするタイプとコピー機のように本などをそのまま伏せて置いて使うタイプ(フラットベッド型)があります。スキャナは個人で購入するものではありませんから、職場でフラットベッド型を購入するのがいいでしょう。性能も値段も用途に応じて様々ですが、我々にとってはカラースキャナで400X800 dpiという仕様のものなら大抵の用は足りるはずです。スキャナには絵の読み取りや文字の読み取りをするためのソフトウェアが必要です。

次号は表計算ソフトを利用した成績管理について紹介します。

<参考文献>

高木裕子・深田淳 (1995) 『日本語教育指導参考書21 視聴覚教育の基礎』 国立国語研究所

畑佐一味(1991)「日本語教育におけるコンピュータの利用 ー米国からの一考察ー」『日本語教育』74号 日本語教育学会 pp. 162-171

深田淳 (1995) 「パソコン利用の現状と課題:日本語教育」『日本語学』14:8 明治書院 pp. 100-112


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